2013年1月31日木曜日

日本語版序文:世界銀行 その隠されたアジェンダ


エリック・トゥーサン

日本は世界銀行内で米国に次ぐ決定権(9%余の投票数)を有する。日本一国で中国の三倍、ドイツとフランスの合計の二倍の投票数を握っている。これが、日本の市民がこの国際機関の内実を知っておくべき理由のひとつだ。世銀は人々の基本的人権を落としめ、その歴史を通して、世界の民衆に対し非道な役回りを演じ続けてきた。のみならず、世銀が資金援助するプロジェクトは計り知れぬ環境破壊を生み出してきた。

本書の仏語初版が発行された2006年以降も、世銀の政策にはいささかの改善も見られない。自然保護や気候変動との闘いという謳い文句を隠れ蓑に、実際には温暖化ガス排出を増大させる事業を続けている。

2007年から08年にかけて南の国々の何千万という人々を困窮に陥れ、いまだ完全に収束していない食糧危機の責任の一端は世界銀行にある。2007年から08年の一年間で、飢餓人口は1400万人増加した。この飢餓増大は食糧価格の急騰に由来する(注1)。多くの途上国で食料価格の値上げは50%にも達した。

世銀はこの食糧危機に大いに責任がある。世銀は、南の諸国の政府が食糧不足や価格高騰の際に国内市場に供給するために利用されて来た穀物貯蔵庫を廃止するように進言していたからだ。

世銀とIMFは農民のための公的な信用機関を廃止させ、農民が直接、町の金貸し(しばしば大商人を兼ねている)や民間銀行から目玉の飛び出る高利で借りるように南の政府に仕向けさせた。そのためインド、ニカラグア、メキシコ、エジプト、サハラ以南アフリカ諸国の多くの小農民が借金に苦しむことになった。政府調査では、この10年で15万人に上るインド農民の自殺の主な理由は過重債務だ。この国は世銀の説得で、農民への公的信用供与機関を閉鎖してしまった。

これで終わりではない。過去40年以上にわたり、世銀とIMFは熱帯の国々に小麦、米、とうもろこしの生産を減らし、代わりに輸出作物(ココア、コーヒー、茶、バナナ、ピーナツ、花卉など)を作るように強要した。

最後に、これらの成果のすべてが巨大アグリビジネスと穀物輸出大国(米国、カナダ、西ヨーロッパなど)の懐にいくように、世銀・IMFは南の政府に市場を開放して食料を輸入するよう説得した。南の国に流れ込む輸入品は北の国の政府から巨額の補助金を得ている。価格で太刀打ちできない南の農家の多くが破産し、各国の主食となる食糧の生産も劇的に減少した。

世銀はまた、何世代にも渡って小農民が耕してきた農地の収奪を助長する政策を強力に推し進めている。多国籍企業や海外政府が、小農民を追い立て現地の農業を破壊しながら、耕作可能な土地を何十万ヘクタールも買いあさっている。

2009年、世界経済危機で失業率がうなぎのぼりで上昇しているさなかでも、世界銀行は労働者へのセーフティネットの廃止を主張し続けた。

”Doing Business”2010年版(注2)には2009年9月に発行され広く回覧された年次報告が掲載されている。その中で世銀は、自らのインフォーマル経済との戦いを紹介し、「雇用規制の柔軟化に踏み切った諸国では、インフォーマルセクター減少の割合が25%も大きかった」と強調している。

2003年の”Doing Business”創刊以来、世銀は毎年「ビジネス環境」改善に向けて努力した国々の評価を発表している。その目的は社会的な権利を矮小化させながら、常に投資家の権利や私的所有権を強化し続けることにある。
実際、最も「発展した」経済はどこかを示すランキングにおいて、世銀は労働者の雇用と解雇に関する指標を使っている。ある国の法制度が容易に労働者を解雇できるようになっていればいるほど、その国は高い位置にランクされるのだ。社会運動や国際労働組合総連合からのあまたの批判にも関わらず、世銀は各国政府に退職金切り下げや解雇予告義務の緩和・廃止を要求し続けている。

たとえば2009年、ルワンダは大幅にランクアップしたが、これには「立派な」理由があった。経営者はリストラに際して、もはや労働者代表との事前協議も、労働監督局への事前通知も要求されなくなったのだ。一方、ポルトガルはランクを下げたが、それは同国が2週間の解雇予告期間制度を廃止しなかったからだ。労働者の待遇を(わずかばかし)よくしたためにランクを下げられた国々は数え切れない。

このような実状を前にしても世銀は「”Doing Business”の雇用に関する指標は、中核的労働基準をすべて考慮に入れている(ただし、遵守されているかどうかを示すものではないが)」と胸を張っている。国際労働機関(ILO)の基本条約違反でEUから貿易特恵を剥奪されたベラルーシは、”Doing Business”2010で高い評価を受けている。つまり、”Doing Business”でのランクが上がるということは、その国の民衆にとっておめでたくもなんともないどころか、逆に社会的退行の印なのだ。

最後に、世銀が今年、東欧諸国の数々の反社会的改革にいたく満足し、「本年は特に目覚しかった(注3)」とこれらの国々を賞賛したことは覚えておいたほうがいいだろう。2008年以降、この地域の15余の国々がIMFと合意を締結した。世界銀行が世界危機を口実に、労働者に対する資本の側からの新たな攻撃を煽っていることは確かなのだ。

世界銀行は、その政策による被害の長年の積み重ねと、その創設以来、米政府がお膳立てする米国人がトップに立ち続けていることへの批判により正当性の危機に直面している。

2006年に本書がフランスで出版されたのは、2003年の米国と同盟国によるイラク侵略の立役者の一人、ポール・ウォルフォウィッツが第十代世銀総裁に就任したばかりのころだった。彼は2007年6月、部下の女性との親密な関係ならびに彼女に巨額の昇給を認めたことを糾弾され辞任した。

世銀の新自由主義的イメージは、2007年から2012年までウォルフォウィッツの後任を務めたロバート・ゼーリックによってますます強化された。彼はブッシュ政権下で米国通商代表を務めた。彼は米国を代表してWTO交渉を推し進め、特に2001年のドーハ会議では辣腕を振るった。

現総裁となったジム・ヨン・キムが2012年6月にバラク・オバマに指名されたときは激しい抗議が起こった。彼は名前が示すように韓国系ではあるが、結局のところはまた一人、米国人が世銀のトップに立つことになるからだ。

何十年にも渡り、日本政府は世界銀行の政策に積極的に加担してきた。日本の市民が南の国々の民衆と連帯し、世銀に出向している自国の代表に説明責任を果たすよう要求すべき時である。

南の民衆は、エクアドルに見られるように、徐々にみずからを世銀のくびきから解放し始めている。エクアドル政府は2007年5月、民衆の支持の下、キトに駐在する世銀代表を追放し、ついで自国が抱える債務の監査を開始した。2010年には世界銀行の仲裁法廷である投資紛争解決国際センター(ICSID)からの脱退を決定した。ボリビアは早くも2007年に同じ決定を下しており、ベネズエラも2012年に脱退した。これら三カ国は他の四つの南米の国々(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ)と共に、南銀行(BancoSur)設立を決定している。

これらの事例が証明するように、世界銀行の代わりを果たし得るものはあるし、また、なくてはならない。本書が示すような、世界銀行がその設立以来一貫してとって来た問題行動を見ればそれは明らかだ。

原注
1, エリック・トゥーサン  “Getting to the roots of the food crisis” http://www.cadtm.org/Getting-to-the-root-causes-of-the 参照

2,  http://www.doingbusiness.org/documents/fullreport/2010/DB10-full-report.pdf
Doing Business 2010はビジネスを容易にする、あるいは困難にする法規制に関する年次報告書の第七版である。同報告書は、企業や所有権保護に関する法規制を数値目標化し、183カ国の法制度を比較検討している。企業のライフサイクルを10段階に分けて、それぞれに対する各国の法規制の影響を評価するのだが、その10段階とは、ビジネス立ち上げ、建築許可取得、労働者雇用、資産登録、信用を受ける、投資家保護、納税、国際貿易、契約履行、ビジネスの終了、となっている。Doing Business 2010には2009年6月1日以降のデータが使われている。この指数は、法規制が経済にどのような結果を及ぼしたか、どのような改革が効果的か、なぜそうなのかの分析を助ける役割を果たす。2010年度版では183カ国が対象になっている。

3, http://www.doingbusiness.org/features/Highlights2010.aspx “Doing Business in 2010: A record in business regulation reform”
 

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