2011年8月30日火曜日

パキスタン債務危機:戦争と債務、国家の統治権

高丸正人(債務と貧困を考えるジュビリー九州)

昨年、インダス川を襲った大規模な洪水により、2000万人が被災したパキスタン。対外債務に苦しむこの国は「テロとの戦争」に向き合いながら、国家の行く末を模索している。

援助と戦争

5月2日(アメリカ時間で1日深夜)、アメリカのオバマ大統領は緊急演説を行い、パキスタンに潜伏していた国際テロ組織アル・カイダの指導者オサマ・ビン・
ラディンを殺害したと発表した。今年の夏よりアフガニスタンからの撤退を開始するオバマ政権にとっては、対テロ戦争における目標を達成したという戦勝ムードの内に、アメリカ国民の同意を得た上、さらにこれから実施される米国防予算の大規模な削減への道筋を付けたと言える。

米議会調査局の報告書によると、アメリカがこの対テロ戦争において10年間に使った費用は1兆2830億ドルとなっている。その中にはパキスタンへの支援も含まれ、その額は180億~190億ドルである。米FOXニュースの報道では実際の額は207億ドルに上ると述べ、その内の142億ドルがパキスタンの軍事支出に対する支援であったと述べている。開発援助や災害・難民援助、食料・保健への援助は残りの65億ドルに過ぎなかった。

2001年9月11日にニューヨークで同時多発テロ事件が発生した後、パキスタンはその年の12月にはパリ・クラブにおいて対外債務の約3分の1に当たる125億ドルの債務返済繰り延べ(リスケ)を受けている。その際、日本政府は1998年のパキスタン核実験以降実施していた経済制裁を解除し、債務返済繰り延べの容認と新たな経済援助を行うことを約束した。

この時、当時の日本政府はパキスタンへのこうした支援に消極的であったが、パキスタン政府は対テロ戦争の最前線(front-line)に位置する同国への支援がアフガンを含むこの地域全体の安定につながる、と説得したとされる。

パキスタンは、もともとは大英帝国インド領の一部であり、植民地解放後にイスラム教のパキスタンとヒンドュー教のインドに分離した。その後、インドに対抗するために核開発を行ったパキスタンは世界から「ならず者国家」の烙印を押され経済状況も悪化した。911テロの後、対テロ戦争において重要な位置を占めることなったパキスタンは、その地理的な位置付けを自ら利用し、国際社会に対しパキスタンへの支援を呼び込んだのである。

この外交戦術は功を奏し、リスケの合意後からリーマン・ショックまでの期間において、パキスタンの対外債務は対GDP比において顕著な減少を続けていった。しかし、一方でアメリカの支援内容からも分かるように、国際社会の支援とは明確に「戦争」への支援であった。

リーマンショック後のパキスタン

2007年に世界金融危機が起こると、パキスタンは輸出が鈍るようになり、また原油・食料価格の高騰で貿易収支が悪化するようになった。それに併せ対外債務も増加の一途をたどり、債務不履行(デフォルト)の危機が迫りつつある。

IMFはパキスタンと緊急融資についての交渉を始めたが、IMFが提示する大規模な増税策や補助金カットと言った融資条件はパキスタン国内で非常に強い反発を受け、交渉は難航。結局、与党のPPPはこれらの条件を履行するための法案を国会で通すことができず、苦境に立たされている。オサマ殺害の後、パキスタン国内の対米感情が悪化し、治安上の懸念でIMFとの交渉は一時ストップし、5月中旬にドバイで交渉が再開された。交渉ではIMFが改めてパキスタンの財政赤字の削減を求めたが、パキスタン側は明確な見通しを示すことができなかった。一方、同国政府は来年度予算で、米軍撤退後の治安維持のために軍事費を10%以上も増加させることを表明している。

教育危機

現在、パキスタンの国家予算の60%は債務返済と軍事費に割り当てられている。債務危機と戦争のしわ寄せは子ども達に向けられている。

政府が発表したレポートによると、パキスタンの教育予算は2005年にはGDPの2.5%あったのに、現在では1.5%しかない状態にある。また、学校に通う子どものうち半数は文章が読めないという。2500万人の子どもが小学校に行けず、300万人は一生涯に渡り教育を受ける機会を得られないだろう、としている。さらには、国民の3分の1が2年以下しか学校に通っていない状態にあることも分かった。

このままでは、国連のミレニアム開発目標を達成できる見込みはない、とレポートは報告している。

洪水被災者への支援遅れる

昨年の7月にパキスタンのインダス川流域で発生した大規模な洪水に対し、国際機関や世界各国が緊急支援を表明した。しかし、イギリス議会報告によると、国連が提示した10億ドルの支援のうち、実際に支援として使われた額がその3分の2に留まっていると言う。

同様に、イギリスにおいても、表明した支援額に対し実際に支援として現地に届いている額が、その3分の1に留まっていることも明らかになっており、支援の遅れの実態が次第に明らかになっている。

支援が遅れている理由の一つは、実際に支援をする多国籍機関やNGOの数が非常に膨大で、資金の振り分けの調整に時間がかかっているためであると言われている。

一方、パキスタン政府による被災者への補償も少しずつ始まっているが、その補償額が最終的に一体いくらになるかに注目が集まっている。それによって被災者が自分の家を建て直せるかどうかが決まるからだ。しかし、この補償も資金の提供者となる世銀との交渉次第となっており、被災者の運命は世銀に握られた格好になっている。

国家の統治権を尊重すること

アメリカ軍によるオサマ・ビン・ラディン殺害事件がパキスタン政府に一切通告なしで実行された時、パキスタン元大統領のムシャラフ氏は、これをパキスタンへの主権侵害だと怒りをあらわにした。その後、パキスタン各紙でもパキスタンの統治権について様々な議論が交わされた。

これまで述べてきたように、パキスタンという対外債務に苦しむ最貧国一歩手前の国家は、あらゆる点においてアメリカや国際機関と言った存在に干渉を受けざるを得ない現実に晒されている。パキスタン人が自分の国の統治権を疑うのも無理のない話である。

パキスタンが、国家予算の大部分を占める対外債務支払いや戦争という問題を解消できれば、自らの統治権により国家を再建する道筋は開かれるものと考えられる。現在のパキスタンはPPPという民主的な政党により統治される国家であり、国際社会はパキスタンの民主化を後押ししてきた。国際社会は、パキスタンの対外債務免除や反政府組織との和平推進の橋渡しをすることで、パキスタン国民の統治権による国家再建を目指すべきではないだろうか。少なくともそれは「自助努力による国家の発展」を途上国支援の柱にすえている日本政府の方針とも合致するはずである。

【参考資料】
How Much Did the U.S. Give Pakistan?
http://www.foxbusiness.com/markets/2011/05/11/did-pakistan/
Paris Club to mull allowing Pakistan to delay debt repayment.
http://www.thefreelibrary.com/Paris+Club+to+mull+allowing+Pakistan+to+delay+debt+repayment.-a080631340
Pakistan faces educational 'emergency', says government
http://www.bbc.co.uk/news/world-south-asia-12691844
BBC News - Britain criticises UN Pakistan flood response
http://www.bbc.co.uk/news/world-south-asia-13343378
Only third of appeal funds for Pakistan flood delivered, says UK report
http://twocircles.net/2011may10/only_third_appeal_funds_pakistan_flood_delivered_says_uk_report.html

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