大倉純子(債務と貧困を考えるジュビリー九州)
今年〔2010年〕1月13日に発生した地震により30万人とも言われる死者を出した中米の国ハイチ。
ハイチは前年7月、HIPCsイニシアティブ下の厳しい構造調整の末12億ドルの債務帳消し決定を受けたものの、その時点で未だに10億ドルもの債務を抱えていました。HIPCsの債務帳消しは一定の期日(カット・オフ・デート、ハイチの場合は2004年)以前の債務しか対象にならず、その後の新規債務は帳消しされません。
これらの債務も無条件即時帳消しにしろという声が国際社会に巻き起こりました。債務の大半は多国間金融機関(IMFなど)に対するものでした。AVAAZ、CARE2など何百万人もの会員を擁するウェブ署名サイトの協力もあり、国際的な圧力の前に、3月にはIDB(米州開発銀行)、5月にはIDA(世界銀行・国際開発協会)がそれぞれハイチ債務全帳消しを発表しました(IDBは4億7900万ドル、IDAは3600万ドル)。
今回ご紹介するのは最後に残されたIMF(国際通貨基金)が7月21日、ようやくハイチ債務を帳消したという記事です。しかし、ハイチを巡る状況はそれで「めでたし」どころか、ますます混迷の度を深めているようです。
地震後半年を経たハイチの状況をDemocracy Now!が精力的にレポートしています(注1)。それによると国内の様子はほとんど改善されていません。地震直後から復旧作業のため駐在していた米軍や日本の自衛隊は6月と8月にそれぞれ引き上げましたが、首都ポルトーブランスでさえあちこち瓦礫が放置されたまま、その下の何千という遺体もそのままです。被災した150万人のほとんどがいまだ国内1300ヶ所の難民キャンプでテント住まい(あるいはテントさえなくタープ内で数家族同居)。
台風シーズンが迫っているのに暑さと雨でテントには裂け目ができています。さらに驚くべきことには、ちゃんとした住宅どころか仮設住宅の建設の目処さえ立っていないのに、難民キャンプが建っている私有地の地主たちが難民たちの追い立てを始めているというのです。時には警察や国連軍がテントの打ち壊しをすることもあるそうです。
キャンプは衛生面でも困難を抱えていますが、暴力沙汰も増えており、特にレイプなど女性に対する暴力がますます深刻になっています。それに対して警察は全く動こうとせず、特別に派遣された国連女性部隊はバングラデシュ人で、現地の人々の言葉(クレオール語、あるいはフランス語)が話せないので問題が正確に把握されていないようです。結局、女性たちが自衛グループを作り、危ない目にあった時に吹く笛を配って対処しています。活動家は、この問題の解決には少しでも安全な住居を一刻も早く整備するしかない、としています。
今年3月、モントリオールでの支援会合で国際社会は53億ドルの支援を表明しました。ところが半年後、実際に拠出したのはわずか4カ国(ブラジル、ノルウェー、エストニア、オーストラリア)、額にして全体のわずか2%。被災した人々は、これから先自分たちの生活がどうなるか全く知らされない、「巨額支援」と聞くがそれが一体どこに消えているのか全く実感できない、という状況にフラストレーションを高めています。その中でプレバル大統領が「金は政府には来ていない、国際NGOが握っている」と発言したことから、人々の怒りの矛先が国際NGOに向けられているということです。
では、国際社会が約束した支援金が支払われたら、あるいはその他の支援が滞りなく届けば、ハイチは本当に人権・民主主義・平和が守られる国になるのでしょうか。
モンサントは今年5月、Maxim XO(殺菌剤)やチラム(殺虫剤)といった猛毒の農薬がどっぷり処方された野菜の種子475トンを「プレゼント」しました。これらは一代限りのハイブリッド種子で、GMO(遺伝子組み換え)種子と同様、大量の水、化学肥料、農薬を必要とし、一旦利用すれば農民は毎年モンサントから種子を買わなくてはなりません。モンサントは最初、GMO種子を送ろうとしたが農業省に断られ、ハイブリッド種子に切り替えたそうです。この「支援」はUSAID(米政府の国際援助機関)によるWINNER(ハイチ支援)計画の一環として行われました。現地の小農民運動はこの種子を焼き捨て、「これは第二の地震だ。小農民、生物多様性、クレオール種子(次世代育成が可能な現地作物)、ハイチの環境への強力な攻撃だ。モンサントとアグリビジネスはハイチを再び奴隷植民地にしようとしている。」と非難しています。
これまでも大量の食糧援助や、補助金つきで生産され安価に流れ込む米国産作物ゆえに、農民が自活できる価格で作物を市場に出すことができず、田畑を捨てて都市のスラムに流れ込むということが起きてきました。国民の60-80%が農民という国でこれは大変な事態です。食料主権という国の生殺与奪が完全に外国に握られようとしています。
ビル・クリントンが議長を務めるハイチ再建暫定委員会が今後の復興の道筋を決めることになっていますが、委員会のメンバーの半数は米・仏・加など外国の政府代表や国際金融機関、残る半数の国内メンバーにはレジナルド・ボウロス(Reginald Boulos)など過去のクーデターの立役者たちが参加しています。アリスティド大統領が所属する政党(Lavalas Party)は2009年以降、活動が禁止されていますが、次の大統領選に関しても活動禁止継続が決定しています。
人権・社会活動家は、これは過去のクーデターと同じ面子による武器なきクーデターだと証しています。彼らは議会から権限を委譲され、一般国民にはなんら話し合うことなしに復興計画を決めていきます。ほとんど外部からの支援が届かぬ中、人々は驚異的な忍耐力でコミュニティを立て直そうとしています。社会活動家は、その人たちに希望を見出す一方で、このままいけば、その人たちの努力や希望とはまったくかけ離れた、ハリバートン、ブラックウォーター、ダインコープ(DynCorp)などお馴染みの多国籍企業の元での「復興」になるだろうと危惧しています。
国内エリートもしっかりおこぼれを頂戴し、復興工事契約の15%は国内企業が取る約束になっているそうです。委員会メンバーやその仲間たちが持つ土地を利用した復興計画を、同じ人たちが関わる企業が受注するわけです。住宅に最適な土地は工場や贅沢なマンション、オフィスビル用地として取り置かれ、環境の悪い土地が住宅用地として人々に売却されようとしています。
再建暫定委員会が経済復興と人々の生活支援策として考えているのが優遇関税措置を受けたスウェットショップ(劣悪な環境の工場)の増設です。地震の前から人々の主な働き先はスウェットショップでした。賃金が低すぎるためにちゃんとした住宅に住めず、屋上屋を重ねるように斜面に家を密集させて住んでいたことが地震の被害を増大させたのです。
地震前から続くこのハイチの政治的混迷の種は200年前、独立時に撒かれました。25年に渡る戦いの末、1804年ハイチは世界初のアフリカ系奴隷の国として誕生しますが、国際社会から支援を受けることができず、宗主国だったフランスに1億5千万ゴールドフランの賠償金を支払うことを約束させられてしまいます。これは後に9千万ゴールドフランに減額されますが、ハイチは1947年までこの返済を続けました。この巨額の借金返済のために国の経済は最後まで安定せず、これに加えて米国など外国の干渉が、真の民主国家構築を阻んできました。
巨大地震という国家の存亡の危機にあたり、フランスは不当に請求したこの金(現在価格で220億ドルともインフレ加算で400億ドルとも)を返済しろ、という声が高まっています。今回掲載した原稿ではCRIMEというカナダ、米国、フランスの市民運動がフランス政府高官に成りすまして「フランス国家はこのハイチに対する“債務”を全額返済します」とウソの記者会見を行ったアクションに触れています。またアルジャジーラ報道によるとノーム・チョムスキー、ナオミ・クラインを含む複数国の著名人、ジャーナリスト、政治家たちがこの「債務」を返済するようサルコジ大統領に要請書を送ったそうです。
この「不当な債務」返済運動は「先進国発」で始まったものではなく、1853年、スールーク皇帝の時代からハイチ人自身が繰り返し「支払い拒否」や「返済要求」を起こしています。一番最近では2003年にアリスティド大統領が不当支払い金返済の訴えを起こしましたが、1年もたたない2004年、米・仏・加の共謀で彼は南アフリカに連行されてしまい、この訴えは反故にされてしまいました。
フランスはこの「不当利得返済」を認めることを断固として拒否しています。しかし、ハイチの行く末をハイチ人の手に取り戻すには、外国から奪われ続けてきたこの国の歴史自体をきちんと精算しなければならないと思います。
注1
いかに西側支配がハイチが天災から回復する力を損なってきたか
http://writeoff.blog.shinobi.jp/Entry/41/
◎参照サイト
外務省:わかる!国際情勢vol.63 ハイチ大地震を乗り越えて(2010年9月3日)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol63/index.html
IMF(国際通貨基金)ハイチ債務帳消し
http://www.imf.org/external/np/sec/pr/2010/pr10299.htm
IDB(米州開発銀行) ハイチ債務帳消し
http://en.rian.ru/world/20100322/158281157.html
IDA(世界銀行・国際開発協会)ハイチ債務帳消し
http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/COUNTRIES/LACEXT/HAITIEXTN/0,,contentMDK:22595789~menuPK:338184~pagePK:2865066~piPK:2865079~theSitePK:338165,00.html
Post-Catastrophe Debt Relief Trust Fund(IMF:大災害後の債務救済信託基金)http://www.imf.org/external/np/exr/facts/pcdr.htm
パリクラブ:他の二国間債権者にも帳消し呼びかけ(パリクラブは09年8月に2億1400万ドルの帳消し決定)
http://www.clubdeparis.org/sections/actualites/haiti-20100119/switchLanguage/en
USAID(米政府国際援助機関)によるハイチ支援
http://www.usaid.gov/helphaiti/
「フランスはハイチへの貸しを返済せよ」(アルジャジーラ記事)
http://english.aljazeera.net/news/europe/2010/08/201081614920360923.html
デモクラシー・ナウ!フランス政府、ハイチ賠償返還のニセ記者会見で法的措置に出ると脅し
DN! France Threatens Legal Action over Haiti Reparations Hoax
http://www.youtube.com/watch?v=OMCd5TmsPOM
http://www.democracynow.org/2010/7/16/headlines#8
PRESS RELEASE 7/30/2010
French Foreign Ministry Attaché: Activists will "pay" for Haiti prank
CRIME responds to new threats
http://www.diplomatiegov.info/rubrique.gb-14-07-2010.html
French Government Unmasked at Montreal Press Conference
http://canadahaitiaction.ca/node/486
その他Democracy Now! ハイチ関連報道多数
http://www.democracynow.org/search/haiti/1
モンサントからハイチや毒薬のプレゼント、モンサントはハイチの「新たな地震」
(Monsanto's Poison Pills for Haiti Monsanto: Haiti's "New Earthquake"
http://www.huffingtonpost.com/ronnie-cummins/monsantos-poison-pills-fo_b_587340.html
ハイチ農民、モンサントの寄付を拒絶
(Haitian Farmers Reject Monsanto Donation)
http://www.foodsafetynews.com/2010/06/haitian-farmers-burn-monsanto-hybrid-seeds/
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